
日本トップのアイドルグループ『嵐』の櫻井翔さん。
アイドル歌手でありながら、ジャーナリスト、司会、俳優など本当に幅広くマルチに活躍されています。
慶応義塾大学を卒業されているということもあり、
まさに教養も兼ね備えたアイドルとして順風満帆にみえる櫻井さんですが、
それゆえに抱える苦悩も多かったようです。
参照元:http://eyes-with-delight.tumblr.com
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櫻井翔 学業との両立
慶応大学の経済学部出身の櫻井翔さん。
慶應幼稚舎を経て、そのまま慶応大学経済学部に進学されたようです。
幼稚舎から通っていたならエスカレーター式で当たり前と思う方もいるかもしれません。
しかし、慶応義塾大学の中でも人気のある経済学部は、高校時代から高い成績をキープしていなければ入ることができないという、とても狭き門なのだそうです。
そんな櫻井さんは高校時代、芸能活動と学業を両立させ、
なんと3年間無遅刻無欠席で皆勤だったというから驚きです。
「あんなことやってるから成績が落ちるんだ」
と言われたくなくて、熱があっても、前日どんなに仕事が遅くなっても、無遅刻無欠席で通し、
デビュー後はテレビ収録で地方に行った後も、日帰りで東京に舞い戻り、
翌日の試験を受けるといったハードな日々を過ごしていたそうです。
また大学時代を振り返って、
「その学部を、仕事しながらでも卒業できれば、大学生活を全うしたと、胸を張って言えるんじゃないかと。
分かりやすく、大人に認めてもらえるんじゃないか、って思ってた。
つまり、あの学部は比較的ラクな方だよね、そりゃ嵐やりながらでも卒業できるよね、って言われたくない。
そう思われるのはショックだ、って思ったんだよね。
当時の僕は、誰にも文句を言わせる余地を与えたくなかったのかもしれないね。」
というコメントもされていました。
自分自身「仕事」を言い訳にしたくなく、他人にもそう思われたくないという強い思いがあったようです。
参照元:http://laughy.jp
櫻井翔 その家族とは
櫻井翔さんの家族がエリート家族ということは、嵐ファンであれば多くの方が知っている事実ですし、
ファンではない方もご存知の方は多いと思います。
父は総務省官僚 櫻井俊氏。
東大法学部卒業後、郵政省から総務省・情報通信国際戦略局長を経て総務省・総務審議官になられたキャリア官僚です。
総務審議官とは総務事務次官に次ぐ、総務省における官僚のナンバー2のポストにあたります。
参照元:http://itsumo000.blog.so-net.ne.jp
現在は【総務省総合通信基盤局電気通信事業部長】である櫻井俊氏。
ストイックな性格で自分自身に相当厳しいことで知られている、櫻井俊氏。
キャリア官僚候補として若いころから頭角を現していたそうです。
また、子供たちを皆幼稚園から私立の学校に通わせるとても教育熱心な方だったようです。
櫻井さんが芸能活動を始める時も、はじめは相当反対されたそうです。
母は大学教授 櫻井陽子さんと言われていましたが、
これは真実ではなかったようです。
妹は日テレキャスター 櫻井舞さん。
4歳年下である舞さんは成城大学を卒業後、日本テレビに入社。
ニュース番組の記者やリポーターとして活躍されています。
参照元:http://laughy.jp
やっぱり目鼻立ちがおにいさんに似てますね!
『NEWS ZERO』でお兄さんとの共演がみられるかもしれないですね。
弟は慶應ラグビー部 櫻井修さん
参照元:http://laughy.jp
兄櫻井翔さんと同じ慶應大学経済学部に進学した弟の修さん。
なで肩なところまでお兄さんにそっくりだそうです。
13歳も年下の弟を櫻井さんは昔からとてもかわいがっていたそうです。
父親との確執
現在でこそ和解されて確執はないそうですが、
エリート家族にはエリートだからこその問題もあるようです。
特に櫻井翔さんの父親は、国家公務員のキャリア組という公務員の最高峰であり、
国に関わる仕事柄か芸能活動を反対されていたそうです。
父、櫻井俊氏を知る人によりますと、「超」がつくほど真面目な人柄とのことです。
しかも、公務員の最高峰である国家公務員のキャリア組です。
立場上、息子が「水商売」である芸能界に入ることには反対だったのは間違いないようです。
父親としては、息子にはしっかりとした職について欲しいという思いがあったのでしょう。
成功が約束されている訳でもなく、もし成功したとしても長年やっていける保証もない
芸能界ともなると心配しない親はいないですね。
学業も申し分ない櫻井さんだからこそ、
尚更父親としては芸能界入りを認める訳にはいかなかったのかもしれません。
参照元:http://prcm.jp
父親との和解
父、俊氏に反対されたまま、『嵐』としての活動を続けていた櫻井さん。
そんな中、2006年に初のソロコンサートを行うことになりました。
当時の嵐は、今ほどの絶対的な人気が出る前の我慢の時期ということもあり、
たまたま自宅にいた俊氏に自分のやっている事を1回でも見て欲しいという思いから、
「週末、コンサートをひとりでやるから来てくれないか」
とコンサートに誘ったそうです。
俊氏は芸能活動を反対していたこともあり、仕事の話はほとんどしなかったようですが、
「あ~。じゃあ、行ってみるか」
と答えたそうです。
官僚という立場でそうとう忙しいにも関わらずコンサートに来てくれた父。
櫻井さんは今でもその時の事をはっきりと覚えていると語っています。
それ以来、俊氏は毎回櫻井翔さんのコンサートを見守っているそうです。
息子翔さんの努力を汲み取ったのかもしれません。
参照元:https://jmania.jp
実際に自分がやっている事を見てもらうというのは、とても大事な事です。
櫻井翔さんは、勇気を出して反対していた父親に自分が本気でやっている仕事、姿をみに来てほしいと伝え、
その息子の活動を目の当たりにすることによって、
俊氏に何か感じるものがあったようで和解につながったそうです。
もし櫻井翔さんが勇気をだして父親を誘わなかったら。
俊氏がコンサートに行くのを断っていたら。
結果は変わっていたかもしれませんね。
櫻井翔 兄弟への愛情
父、俊さんとは確執と和解があったようですが、
兄弟関係は常に良好だったようです。
かつて週刊女性が、お正月の櫻井さんの過ごし方を報じていました。
櫻井さんは日本テレビ社員の妹である舞さんと、大学時代の友人たちとともにスキー三昧のお正月を過ごしていたといいます。
舞さんとのエピソードはあまり語られてはいませんが、、
自分の友達の中に妹も同行して遊びに行くぐらい兄妹仲が良いようです。
舞さんも日本テレビの社員という事で正月はとても忙しいと思いますが、
そんな中でも兄と旅行に行くということで、やはり兄、翔さんが大好きなんでしょうね。
慶応義塾大学ラグビー部に所属する弟、修さんについては、こんなエピソードがあるようです。
2015年4月26日、東京・秩父宮ラグビー場で行われた「オール早慶明3大学ラグビー」に、
櫻井さんの弟で慶應義塾大学3年生の櫻井修さんが出場されました。
そこに兄、翔さんも弟の“デビュー戦”を見守ったといわれています。
兄である櫻井翔さんも慶應義塾大学で、同じくラグビーをやっていたとう事もあり行ったのかもしれませんが、
やはり弟のデビュー戦だからこそ見に行ったのでしょう。
しかし、修さんが櫻井さんの『弟』だというのは知られていましたので、
その修さんのラグビーのデビュー戦をスポーツ紙各社が見逃す訳がありません。
そんな中でもデビュー戦を見に行くというのは、
櫻井さんが弟さんの事を大切に思っている証といえるかもしれません。
参照元:http://prcm.jp
櫻井翔 家族への想い
そんな家族について、以前、櫻井さんは雑誌でこんな発言をしていました。
「僕にとって家族というのは心から好きといえる存在。
子供の頃から厳しかった父と母ですが、その裏側にはいつも愛情がありました。
今でも芸能界で一番のファンは僕だって(笑)
子供の頃はよく妹と遊んだりして、泣かしたりしたな~
それも今となってはいい思い出。
よく母と父に怒られた!
家族エピソードで一番の思い出といえば、やっぱり嵐の結成が決定した時。
母は一番に喜んでくれて、父には厳しい言葉をもらいました。
これからが本当の勝負であり、気を抜くと仕事が無くなったりするよ。
子供の頃、ジャニーズに所属はしてるけど、今後は大手企業で働く!
そんな思いだったから、正直最初は嵐の凄さは分からなかった。
まだ芸能界の厳しさを分かっていなかった僕に、気合を注入してくれたのは父。
父の頑張る姿を背中から見て、いつも勇気をもらっていました。
文武両道で頑張っていた妹にも刺激を受けて、よし嵐でやってやろうって。
嵐の結成当初は、まさかこんな歳まで嵐を続けていられるとは思ってもいなかったけどね!(笑)
家族について、こんな発言をしていた櫻井さん。
この発言からも、家族への感謝の気持ちと、愛情が分かります。
そして厳しい家庭に育ち、父親の偉大さも語っていました。
弟の修さんについても、
「弟とのエピソードといえば、やっぱりサッカーとかゲームとか…
とにかく可愛い弟で、よく兄弟2人で遊んだね。
嵐で収入があったら、年明けにはお年玉をあげたりもしたし。
そんな弟の一番の思い出といえば、やっぱり勉強かな。
テレビで活躍しだしてからは、弟の目標の人にもなっていた自分。
そんな弟には、よく頼られたからね~
小学生の頃から勉強を教えてなんて、言ってきてあの頃は可愛かった(笑)
一緒に夜遅くに勉強を教えたのは、なんか思い出に残る。
学校でいいことが会った時には、笑顔で報告してくれたり。
今思うと、自分のモチベーションは弟が強かったかも。
常に兄貴は憬れの存在でありたいし、弱い一面も見せたくない。
そんな思いから、嵐として頑張る力の一つになったのかもね。
妹も可愛かったけど、やっぱり一番歳の離れている弟が可愛かったや!笑
今では、大学生になって大人になったけど、いつまでも可愛い弟だね」
とコメントをしていた櫻井さん。
10歳以上も歳が離れているということで、そうとう可愛い弟だったのでしょうね。
そして優しく、目標とされるようなお兄さんだった事は間違いなさそうです。
参照元:http://prcm.jp
家族への愛情や、何事にも妥協しない思いの強さを持つ櫻井翔さん。
両親の輝かしい経歴を受けてまっすぐに育った櫻井家の兄弟たち。
櫻井翔さんだけでなく、今後の櫻井ファミリーから目が離せないかもしれません。
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